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魔女になれるか?

「若い」と「若々しい」

似ているようででも、ちょっと意味が違う・・ということは
日本語を母国語としている人ならわかるはず。

1. あの子は若い
2. あの女性は若々しい

1.の方の「あの子」は、きっとティーンエイジャーか20代
2.の方の「女性」は、50代60代70代・・という年配
というイメージができないだろうか。

つまり「若い」は単純に年若い人を表現し
「若々しい」は実年齢よりも若く見える人を表現することが多い。
もちろん、「若々しい高校生の姿に感動・・・・」とか「あのおばあちゃんは若いな〜」と
言ったりもするので、一概に断定はできないのだけど。
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バームクーヘンは、普段あまりテレビを見ない人なので
世の中の流行や今、放送中の番組やドラマ、有名人や話題などに
かなり・・疎い。自慢じゃないが、相当疎い・・・。

で、こんなの最近知ったの〜と言われるだろうけれど、
本当に最近同僚に教えてもらったことがある。

それは、「魔女」。

魔女と言えば、


なのや



な可愛いのを連想させるけれど、そうではないのだそうだ、最近は・・・。


前述の「若々しい」の語彙からきているのかもしれないけれど
魔女とは、実年齢よりも相当〜若く見える人を指すらしい。

そういえば、最近・・特に女性は、年齢不詳の美しさを持つ人が多い。
お化粧品や髪型、洋服や靴やバッグを年齢に関係なく
自分が「いい!」と思ったものを着たり持ったりしている人が多いせいだろう。

マジでびっくりするようなスレンダーで見事な体型の人もいるし
流行のものを自分らしくアレンジして着こなしている白髪の女性もいるし
抜群のお手入れの成果を体現している美しい人もいる。

中には、後ろから見た時と前から見た時のギャップに
魔女になりきれない人もいるけれど・・・。(苦笑)

とにかく、実年齢よりも若く見える人を、巷では「魔女」と呼ぶ
と最近知った、バームクーヘン・・・。

実際、私が勤める会社にも魔女はいる。
スレンダーな体型に、髪もきれいで肌もシワが少なくきれいな人。
40台後半らしいけれど、絶対マイナス10歳には見える。

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しかし、どれだけ「魔女」に見えても、人間であることには違いなく
やはり不老不死ではありえず、永遠の若さ、張りや艶を維持できるか・・と言えば
それは、やはりできないもの。

そりゃぁ、誰だって実年齢よりも若く見られたいし若くありたいものだけど、
ただ単に外見だけが、そう見えてもなぁ〜と、バームクーヘンは思うのだ。
それなりのシワも、その人が生きてきた証だと思うのだ・・・。

50歳60歳70歳・・・人生の折り返し地点を過ぎ、
残された人生がこれまでの人生よりも短くなったと感じた時、
その時の自分が「魔女」であれたらな・・と願っている。

それは外見だけでなく、内面も体力も柔軟で力を持ててこそ
本当の意味での「魔女」の証ではないか・・・と。

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昨日、週に1度のヨガのレッスンの後、ヨガの師匠に言われた言葉。
「20歳を境に、人間は老いていく。年を追う毎に老いていく
 それは自然の摂理だけど、「去年よりも体調がいい」と感じられたら
 それは、老いが遅くなっているだけでなく、むし若返っていると思っていい。
 去年よりも元気な自分が今ここにいられるように、日々、体に注視しなさい。」と。

去年よりも体調がいい
そう思えている人は、若返っています。

去年と同じ
そう思えている人は、老化を防げています。

去年よりも悪い
そう思う人は、来年に向けて今からケア開始です。


誰もが魔女になれるはず。

バームクーヘンも60歳の自分をイメージして、今、頑張っています。

おばあちゃ〜んと言わせない姿勢と体型と動きが目標です。



☆追記☆

暑い一日でした。
とうとう、首に保冷剤を巻いて仕事してしまいました。
おそらく、これからず〜とこんな日々が続くと思われます。

今日は、朝一から「カチ〜ン」とくる事が起こり、一日ブルーでした。
こんな日は、誰にもあるものですが、こんな時こそ切り替えねば!
そう思い、今日の記事を書きました。

心身共に切り替えて、明日もがんばろっ。 p(^0^)q  

2011年06月23日22:37:00

Posted by バームクーヘン 心模様

不幸にならない方法

『一番不幸なのは、「孤独」だということ。』

この言葉を、
誰かが言っていたのか、
何かに書いてあったのか、
小説の中の一文だったのか
忘れてしまった。

いや、不幸な事はもっと他にもあるのではないか・・と考えた。

例えば、
重い病を得てしまうこと
大事な人や身近な人を失うこと
紛争や戦争に巻き込まれること
財産を失うこと
自然災害に遭うこと

確かに、これらもみなとても「不幸なこと」だと思える。

けれど、苦しみにあっても側で看病してくれる人がいたら
先に逝った人を一緒に思い出し、そっと涙をぬぐってくれる人がいたら
紛争や戦争から一緒に逃れようと、手を携える人がいたら
何もかも失ってしまっても、一緒に新しい生活を共にする人がいたら
自然災害という同じ経験を乗り越えた仲間や友がいたら
人は、そこから「希望」を見出せるかもしれない。
「希望」を失わずにすむかもしれない。

そういう人もおらずたった一人、外界との接触も避け孤独に生きる人は
そこから、希望や生きる糧を見出すことができるのだろうか。
そう考えると、冒頭の言葉は正解なのではないか・・と思えてきた。

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今日、新聞の相談コーナーの投書欄にこんなものがありました。
『自殺というのは、悪いイメージにとらわれがちですが、
50代、独身、無職で親兄弟、親戚友人もいない自分(男性)が
自らこの世から去れば、25年間収めた年金を国は支払わずにすみ
国庫に返納されることを考えれば、これは究極の社会貢献ではないか、
前向きな自殺があるのではないか・・・』

この投書の相談に対して回答は、
『貴方は、本当は寂しくて仕方がないのに、それを言わずに
自分の考え(自殺は究極の社会貢献である)を正当化しているのではないでしょうか?
自殺は、個人的理由でするものであって決して、社会的理由でするものではない。
貴方の本当の気持ちを言ってみてはどうでしょうか?』


2006年11月に、若くして病気で亡くなった私の兄は、
入退院を繰り返す日々にあっても、最後の最後まで
「生きる」ことを望んでいたし、生きようとしていました。

その精神力と生命への執着は、健康な人以上
いや、むしろ病気を得たからこそ、強くあったのかもれしません。
兄がこの投書を読めば、きっと怒り出しそうな気がしました。

人は生まれてきた以上、その天寿を生きねばならない・・・と私は思っています。
どんなに辛く苦しい日々や試練や苦労があったとしても。

究極の社会貢献だと言うその人は、本当に孤独なんだと・・・思いました。
とても不幸な人だと・・・思いました。

自ら望んで友人知人を作らなかったのか、孤独になった理由はわからないけれど
逆の発想をすれば、幸せになりたいのなら、不幸になりたくないのなら
それはとても簡単にできるのだ・・・と思えたのです。

孤独にならないようにする。

友人を作り、社会と接点を持ち、コミュニティを作る。
そうすれば、孤独とは無縁となり、不幸ではなくなる。


『人は皆、幸せになる権利がある。』

あるのですよ、幸せになる権利が!
孤独から脱却すれば、それをつかむことができるのですよ!!

この投稿した男性に、言ってあげたい・・・。

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天気予報に反して、今日はほとんど雨が降りませんでした。
地面も次第に乾き、昨夕、駅の駐輪場に置き去りにした
愛車のバイクを取りに行きがてら、walkingもできました。

夕方には、太陽も顔を出してきて日が暮れると朧月が見えました。

今日はどんな一日でしたか?
孤独な一日を過ごしてしまったのなら、明日は外に出かけて誰かと話して
楽しい一日にしましょうね。


朧月を見ながら、今日も休むといたします・・・・おやすみなさい。  

2011年06月11日23:45:00

Posted by バームクーヘン 心模様

居心地がいい・・・。

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どこが好きなんだろう・・・って考えてもよくわからないんです。

別にハンサムでもないし・・・理想のタイプとは全然違うし・・・

しいて言えば、彼が着ている洋服の雰囲気が、結構、好きかな。(笑)

ただ、一緒にいてとても居心地がいいんです。

それぐらいしか、思い浮かばないんです。
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今日の昼休み、同僚の彼女はそっと私に告白してくれました。

「○○さん(バームクーヘンの本名)だけには、ちゃんと報告しておきたくて」

という前置きの後、彼女は彼氏ができたことを教えてくれました。

冒頭の言葉は、「どこが好きなの?」という私の質問に対して、彼女が言った言葉。
バームクーヘンより年下の彼女の恋話(コイバナ)は、これまでにも何度も聞いていました。
出会いや別れを繰り返している彼女のこれまでのいくつかのコイバナの中で
今回初めて、「居心地がいいんです。」という言葉を聞きました。

 
恋愛は、まずは第一印象。
自分の好みかどうか。
そこでOKだったら、次のステップへ。
というのが、パターンだろうか?

けれど、彼女は最初、全く彼に興味も関心もなかったそうだ。
しかし、彼と話す内に彼の内面に魅かれ何よりも一緒に過ごす時間が妙に心地いい・・・
と思えてきたそうだ。

それまで長く心の中で静かに思いを寄せていた
イマイチ相手の気持ちが見えない優柔不断男のことをあっさりと忘れさせる程、
彼の気持ちは彼女の心にす~と入ってきて、とても自然に受け入れることができた・・・
そうだ。
それもこれも、「居心地がいいから」だろう。
そして、優柔不断ではなくストレートに気持ちを伝えた彼の潔さ

素敵じゃないか!!もしかして、これが本当の恋愛?

確かに男前な彼氏やきれいで可愛い彼女を横に連れて歩けば
チョット優越感は感じるだろうけれど、
結局長く付き合っていく中で重要なのは「居心地の良さ」なのかもしれない。

もちろん、居心地が良すぎて相手を思いやる気持ちが薄れてしまうのは問題だし
そういうことで、もめるカップルも多いのだろうけれど
居心地の良さと相手を思いやる気持ちと「ありがとう」を忘れなければ
恋愛は、結構長続きするんじゃないだろうか・・・。

しかし、事これが結婚になってくるとバームクーヘン自身独身なので、わからないけれど
ゴマンといる男女の中で「居心地がいい」相手と出会い
その人も自分の事を想ってくれるなんて・・・・あんまりないんじゃないの??
奇跡かもよ???

と、同僚の彼女に言おうかどうしようか、迷った挙句・・・・今日はやめました。
そんな事、言わなくても今は、ラブラブでしたから。(微笑)


男女問わず、その人といると妙に安らぐ、心地いい、癒される、
そんな感覚を覚えさせてくれる人とは、いつまでもいい関係でいられそう。
そんな風に思える人との出会いは、とても貴重だったりする。

彼女が出会ったその彼は、きっと同じことを彼女に対して思っているはず・・・
だって、携帯カメラで撮った二人の2ショット写真が、とても居心地よさそう・・・
だったから・・・。


いいお天気だったかと思えば、突然の雷雨。
そして、また太陽が顔を出し・・・でもとっても寒かった4月最後の月曜日。

本当は、今夜は「もう一度食べたくなる味」に認定したランチのことを書くつもりだったけど
同僚の心暖まるお話に変更。

レアなコイバナは、お熱い内に・・・☆ (*^_^*)
  

2011年04月25日21:45:00

Posted by バームクーヘン 心模様

無常

1ヶ月前の今日、3月8日は火曜日だった。

その日何をしていたかを正確に思い出すことはできないけれど
おそらく、仕事に追われて残業していた思う。
3月末で退職する同僚の引継ぎと、自分が担当する仕事が重なり
もう、頭大混乱!だったと思う。

その3日後に、想像をはるかに超える大地震と大津波がやってくることなど
予想どころか、考えすらしなかった。

明日も今日と同じ日がやってくる
明日も今日と変わらない日がやってくる
そう、思っていた。

1ヶ月後の今日、4月8日は金曜日だ。

1ヶ月前と同じように仕事をした。
会社は1ヶ月前と同じ場所にあった。

けれど、隣に座っていた同僚の席は空席となっていた。
引き継いだ仕事も少し慣れ、以前よりかは早く処理できるようになった。
忙殺されていた仕事も落ち着いて、仕事の合間にお茶を飲む時間ができた。

大地震と大津波によって避難生活を余儀なくされた人々が
そんな生活に少し慣れてきた昨日、またあの日を思い出すような大きな余震が
昨夜、23:32に起きた。

それでも、少しずつライフラインが整備されつつあり
仮設住宅の建設も始まり、瓦礫の撤去作業と行方不明者の捜索は続き
入学式を迎えた被災地の子供達がいる。

1ヶ月前と今と、全く同じような日々に思えて、けれど、決して同じではない。



日本文学の有名な作品のひとつである『平家物語』。
バームクーヘンは、大学で日本文学を専攻したので
いくつかの有名な文学作品の冒頭部分は、
大学を卒業して久しい今でも覚えている。

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰のことわりをあらわす
驕れる者は久しからず ただ春の夜の夢のごとし」

この冒頭部分が、バームクーヘンはとても好き。
要するに、世の中、人、物事、何にでもすべて「常」ではない
すべて、何もかも変化していくのだ。

「常」では「無」い。

つまり、無常・・・・。



波乱万丈の人生を送りその後出家した、瀬戸内寂聴さんが
先日、テレビでこう言っていた。

「世の中はすべて無常。
この苦しい辛い現実もまた、無常
だから、そこから希望が見出せる」と。


1ヶ月前、これから先の仕事を考えると不安で不安で仕方がなかったバームクーヘンも
1ヵ月後の今、少し余裕を取り戻しつつある。(こうして、平日にブログが書けるくらいに・・・。)

1ヶ月前、まだ厚手のコートが手放せなかったのに
1ヵ月後の今、サクラの花が咲き始めていた。


物事も、世の中も、何もかもすべて無常なのだ。
だからこそ、毎日を大事にして、希望を失わないように・・・。



今日も一日、お疲れ様でした。

雨の金曜日となりましたが、明日はお天気回復のようです。

おすみなさい・・・・。  

2011年04月08日21:12:00

Posted by バームクーヘン 心模様

小さな小さな信念

今日仕事の後、電車が出た直後だったので

駅の近くの本屋さんに、久しぶりに立ち寄った。



某俳優が、自分が俳優であることを隠し、本名で応募して大賞を受賞した小説も、

私もその著書を持っている、その人の考えに共感を覚えている免疫学の先生の本も

昨年の大河ドラマにもなった私の父も大好きな歴史小説家の本も

様々なジャンルの様々な種類の本が、並んでいた。



ほんの5分程の短い間に、入り口近くに並ぶ本をちらりと見ただけだけど。



そんな僅かな時間にも関わらず、私の目に飛び込んできた本。

それは、女性向けの健康雑誌で、「体温を上げるために、生姜を!」という内容の

”生姜本”(あえて、適当に名づけてみた)が沢山あったこと。



いやぁ~生姜が体温を上げる!というのは、もう当たり前の常識になっていたのですね。



もちろん、バームクーヘンも結構、前からそのことは存知ておりますので

生姜はよく食べるし、夏でもあまり冷たいものは飲まないし、

カキ氷は、かれこれ何年も食べていません。



それでも、こんな健康雑誌系の本にそのことをだけを取り上げた本があるとは、少々驚きでした。



☆                ☆              ☆               ☆



2008年1月1日から2010年12月31日まで

3年間、毎日かかさず日記をつけておりました。

そのことは以前に記事にしましたが、その日記も去年で終わりました。



今年はもう何もしない~と思っていたのですが、

何となく物足りないというか、何かしたくなったというか・・・で

今年の元日から、基礎体温をつけ始めました。



人間は恒温動物ですが、女性は毎月決まって体温が変わります。

それはある意味、健康のバロメータでもあり

前述の低体温か否かを知る意味でも、大事なことだな・・と思うのです。



基礎体温は、以前もつけていてそのことは記事にしていますが

ここしばらくは止めていました。

けれど、何か始めたいなぁ~と思っていた所に、目に付いたのがこれでした。



という訳で、今日で1月も終わりですが、1ヶ月間忘れることなく基礎体温をつけました。v(^0^)v

って、いうかメッチャ楽ちんですから。

朝起きたら、そのまま手を伸ばして体温計を口に入れ(起き上がってはいけないので)

そのまま又ウトウトしてたら、目覚まし代わりに5分後に「ピピピ・・」と起してくれます。



この1ヶ月のバームクーヘンの基礎体温は、いたって正常です。

平均体温も、目標の36.5度はよりも高いです。(まだ出してないけど・・・。)



基礎体温をつけるのは、雨とか雪とか天気に左右されて中止することはないので

今年は、このまま続けるか・・・と思っています。





そして、もうひとつ!



それは、貯金~~~♪♪



それも、とても可愛らしい貯金を、始めました。

1日100円貯金。1年で36500円貯める。

何て!可愛いいささやかな貯金でしょう~~!!

でも、これも積もれば10年後には365000円20年後には730000円です。

まあ、20年も続けるのは無理かもしれないけれど

1年も続くかどうかわからないけれど、それでも折角だからやってみようなか・・と。



ただ、100円玉を貯金箱に入れるのを忘れる可能性があるし

ジャラジャラと重くなるし、それを銀行に持っていうのは恥ずかしいので、

毎月1度、その月の日数分のお金を入れることにしています。

なので、今月は3100円。来月は2800円。



コツコツコツコツ・・・。頑張ります、 p(^0^)q



☆                ☆                 ☆                 ☆



ヨガにしろwalkingにしろ、バームクーヘンは「毎日続ける」ということが結構、好きみたいです。



最初、慣れるまでは結構しんどい時もありますが

慣れてしまえば、今度はしなかったりできなかったりすると罪悪感、物足りなさを感じるのです。

そして、それが毎日続けていられること=元気な証拠!と思うのです。



他に何もなくても「元気」でありさえすれば、そこから色々なものを生むことができる。

仕事も、恋人も、旅行も、出会いも、チャレンジも・・・。

だから、やっぱり「元気である」ということには拘りたい。

まぁ、きっとこれは病気をして辛い経験をしたせいでもあると思うのですが・・。



でも、それがバームクーヘンの小さな小さな信念だったりします。







さて、スタートはいつからでもできます。

今、この瞬間からでも!!

いやいや、丁度明日から2月だし、明日からでも・・・いかがでしょう?



  

2011年01月31日22:01:25

Posted by バームクーヘン 心模様

人生劇場

自分の人生を芝居に例えてみる。



芝居の上演時間は、自分に与えられた寿命

寿命がある限り、自分が舞台から降りない限り、芝居は続く。



主役は、自分。



準主役は、親や兄弟、伴侶や恋人、そして自分の血を分けた子供。



その他にも登場人物はいる。



芝居の中で、

良い味出してくれる人、背中を押してくれる人、

幸せにしてくれる人、一緒に笑ってくれる人

自分を踏み台にしていく人、自分を裏切っていく人、

自分を泣かせる人、自分を怒らせる人・・・・。



芝居の中で、出会う人々との間には色々な出来事が起こる。



そこで起きた出来事や出会いが、その芝居に大きな影響を与えたり

そこで起きた出来事や出会いが、後の芝居の新たな展開のきっかけになったり

そこで起きた出来事や出会いが、芝居の脚本を大きく変えることになったり

そこで起きた出来事や出会いが、芝居の最終を暗示していたり





その芝居の監督は、一体誰なのか?

監督兼主役なのか?いや、監督はちゃんと別にいるんじゃないか。



監督は、最初からきちんとその芝居のストーリーを完成させている。



次から次へと起こる様々な出来事や出会いも、

「何故、私だけ?」「何故、こんな目にあうの?」何故、こう何度も何度も?」と

「こんなに頑張っているのに?」「もう、嫌!」「逃げ出したい」「辛い」「悲しい」

という感情や思いですら、その芝居の終わりへ導く為の伏線なのだ。



この感情や思いの量や回数は、監督の判断で増えたり減ったりする。

その間の展開や脚本の変更はいかようにもできる。

監督には、それだけの才覚と頭脳と才能があるのだ。





いや、そんなはずはない!



監督は自分だ。



様々な出来事の度に、悩み苦しみもがく・・・

悩みを打ち明け相談したり、自分で悶々と考え続けたりして

自分の人生劇場が、Happy endで終わるように

「最善の道」を選択してきたのは、紛れもなく自分だ。



だから、やっぱり主役であり監督であるのは自分だ。





いや違う。



やっぱり、別に監督はいるのだ。



「監督は自分だ!」

あたかもそう思わせるように、監督は静かにひっそりと目立たぬようにいるのだ。

主役が舞台に集中し、それを全っとうできるように・・・・・。



その試練を、その別れを、その苦しみを、その嘆きを、その悲しみを経て

そして選択し、今ここで芝居を続けている自分がいるのは

舞台のそでに、舞台の後ろに、舞台の前に、監督がいたからじゃないのか。













・・・・・・と時々、バームクーヘンは考える。



一体、人生劇場の監督は誰なのか?



自分なのか、万物創造の神なのか・・・。







誰だかわからない・・・。





けれど、人生劇場は続いていく・・・。  続きを読む

2011年01月20日22:16:55

Posted by バームクーヘン 心模様

やる気を失くさない方法

が、あればどなたか教えていただけませんでしょうか。





はい、あります。



それは、

「ありがとう」「ご苦労様」「お疲れさま」という労いの言葉をかけること。

この一言・・・があれば、やる気を失くさずにすむのでは・・と思うのです。



それは、

「よく頑張った」「大したものだ」「やればできる!」という褒め言葉をかけること。

この一言・・・・があれば、やる気を失くさずにすむのでは・・と思うのです。



誰かに言ってももらえたら、一番いいけれど

誰も何も言ってくれなくても、自分自身にそう語りかける・・・。



☆            ☆                ☆                  ☆



以前、「与えられる仕事と見つける仕事」という記事を書きました。

自分でこの記事を書いた以上、与えられる仕事だけでなく、

どんどん仕事を見つけてやっていこうと思い、

今、長期スパンで取り組んでいる仕事があります。



それは今の部署にとって、とても大事で長い目で見ても必要で

これがあれば、色々なことが効率的にできるシステムになる・・

と思ったので、バームクーヘン自らが上司に提案しました。



上司の承認を得て、色々な資料を作り、何度も打ち合わせをし、考え・・・・

ルーティンワークの合間合間をぬってやってきました。



そして、それがある程度 形になってきたので、一度上司に状況を報告し

要望や指示を仰ごうと「お時間をください」とメールを送ったら

「○○さんにその話をして、彼に確認させて。」と、言われてしまいました。



とっても、重要で大事な仕事だと・・・バームクーヘンは思っていたのですが

上司にとっては、○○さんに確認を代わってもらってもかまわない

自分で確認する必要などない、取るに足らない仕事だったようです・・・。

たった30分程、時間を割いてくれるようお願いしただけなのに、

そんな僅かな時間すら、割くことができなかったようです。



能動的に頑張ってきたここ数ヶ月・・・・一気にやる気を失くしてしまったのは

言うまでもありません・・・。



☆              ☆                ☆                 ☆



この記事は、一体どんな人がどんな立場の人がどんな仕事をしている人が

読んでくださっているかは、わかりません。



けれど、

人にやる気を起させるか

人にやる気を失くさせないようにするか

自分にやる気をもつか

自分がやる気をなくさないか

は、どんな人であろうととんな立場であろうとどんな仕事をしていようと

同じなのでは・・と思うのです。



親であれば子供に

管理職であれば部下に

先輩であれば後輩に

妻であれば夫に

夫であれば妻に



そうやってお互いが、労い、褒めることで

いい関係も保てるし、「頑張ろう」という気持ちを失わずにすむと思うのです。





前述の上司・・・・今回のことでレベルダウン~~は否めません。私の中だけですが。



同時に、自分への反面教師となりました。

人との関わりの中で、やる気を起こさせる、やる気を起こす・・

これは、その生活が活性化するか否かにもかかるとても大事なこと・・だと思えたのです。



やる気を失くすようなことは、言わない

やる気を失くすようなことは、しない

やる気を失くすようなことは、言われてもされても失くさない・・・・・

よう自分を信じて頑張ります。





最近、自分の中でよく反芻する言葉。



めげない

めげない

何があっても・・・・。

信じる道を一歩ずつ。  

2010年12月07日21:33:23

Posted by バームクーヘン 心模様

何とかなる 何とかなる 何とかなる・・・・。

今夜、元同僚から、メールが届きました。



1年余り再就職先が決まらず、家業を手伝いつつ

職業訓練校に通いながら、「その時」を待つ日々。



将来に不安を覚え、このまま仕事が決まらなかったらという焦り

それらを心の中で打ち消し、また打ち消しの日々だったと思います。



こちらとしても、「どう?その後は??」という近況を聞き辛くもあり

すっかりご無沙汰をしてしまっていました。





「12月1日から仕事を始めます。

どうなるかは、やってみないとわからないけれど、取りあえず頑張ってみます。

駄目なら、すぐに辞めてまた年明けから仕事を探します。」と・・。

そして、最後に

「何とかなる。そう思わなければ潰れてしまいそうで・・・強く生きていきましょう。」

とありました。



彼女は、とても芯の強いしっかりとした女性で且つとても頑張りやさんでした。

私と同じ部署で仕事をしながら(全然仕事内容な違ったけれど)

お昼休みは、自分の目標に向かって資格取得の勉強をしていました。

そして、仕事を終えてからは夜学に通い、またまた勉強・・・。



頭が下がりました。



そして、念願叶って資格を取得し、その資格を生かせる職場へ移ったものの

世情から、仕事が激減し・・・職を失うという憂き目にあっていました。



けれど、彼女はそんな状況にあっても腐ることなく

「その時」を待ち続け、今自分にできることをしていたのでした。



その間、彼女の心の中ではきっと何度もこの言葉が繰り返されただろうと思います。



何とかなる 何とかなる 何とかなる・・・・。





☆              ☆                ☆              ☆



人は、

憂き目にあったり

不運に見舞われたり

凹むことがあったり

病を得たりすると

それをバネにして跳ね返す力をどうしても失いがちです。



それを跳ね返す力を持つ人は、とても強い人です。



元同僚の彼女は、とても強い人でした。



風邪気味だったバームクーヘンは、このメールを読んでとてもパワーをもらったのは

言うまでもありません。



そして、ものすごく単純かもしれないけれど

バームクーヘンも彼女のように強い人でありたい、いえ強い人になるぞ!と思いました。







何とかなる 何とかなる 何とかなる・・・



頑張ってきいけば必ず道は開ける、と信じて



強く生きていこう。  続きを読む

2010年11月22日21:14:16

Posted by バームクーヘン 心模様

「断捨離」と「唯我独尊」

最近、巷で「断捨離(だんしゃり)」という言葉を耳にします。

私の友人も、先日このことを自身のブログに書いていました。

別の親しい人も、同様にこの言葉を自身のブログに書いていました。



実は、バームクーヘンはこの言葉を知らなかった・・・。

友人のブログを読んで、初めて知った言葉でした。



「断る」「捨てる」「離れる」

身の回りのモノや事、人間関係や仕事にまでこの「断捨離」は大切なこと・・・・らしい。



確かに、断れない、捨てられない、離れられない。

日常のしがらみや情や義理のせいで、断れない、捨てられない、離れられないことは多いはず・・。

けれど、時には断る、捨てる、離れることも必要で、

それは何よりも自分が自分らしくあれることに繋がるのかもしれません。



★              ★                ★              ★



『貴方にとって、一番大事なものは何ですか?』

という問いに、バ゙ームクーヘンは即答できます。

「う〜ん」と考え込んだりはしません。



私の一番大事なものは

お金でもなく仕事でもなく親兄弟でもなく友人でもなく恋人でもなく「自分」。

「自分が一番大事。」と即答します。



けれど、それは自分さえよければいい!という身勝手な考えのそれでは決してありません。



自分が健康で、満たされていて、幸せであればこそ、

親兄弟を想い、友人知人を大事にし、恋人を支え、仕事もできる・・と思うからです。

その為にもまずは、自分を労わり、大事にし(甘やかすのではなく)、幸せであらねば・・・

と思っています。

病を抱え痛みや苦しみの中にいて、周りの人をhappyにできるかと言えば

それは、絶対に無理でしょう・・・間違いなく。

これは、私自身の経験に基づくことなので、大きな声ではっきりと言えます。



40度からの高熱にうなされても、いつもと変わりなく食事を作り家事をこなすこと、できますか?

身体中が痒くて痒くてどうしようもない時に、仕事に集中できますか?

八方塞がりのような悩みのツボの中で、いつもと変わりなく笑顔で元気に過ごせますか?



バームクーヘンは、そんなことはできない・・・・絶対に。



自分を大事にすることは、ひいては周りの人や仕事や生活を大事にする、

いや、だからこそ大事にできる・・のだと思います。



このことは、結構、以前から自身の中で思っていたことでした。

誰に言われた訳でもなく、何か本に書いてあった訳でもなく、

ただ「一番大事なものは自分」とずっとずっと思っていました。



★              ★              ★               ★



私が長く続けているヨガを日本にもたらしたのは、かの有名な弘法大師。

当時は、「密教」という名で日本に根付いていきました。



その弘法大師が残された言葉に、

「天上天下唯我独尊(てんじょうてんが ゆいがどくそん)」

という言葉があります。



よく暴走族が「唯我独尊」と背中に刺繍したハッピを着て街中を爆走していますが

それは、「自分が一番!」というような意味合いだと思っていると思われます・・・

が実際は、そういう意味ではないそうです。



『天上天下すべてのものは、神様が創られたものである。

 そのひとつが人間で、自分自身を尊ぶことは、周りをも尊ぶことになる。

 だから、自分を大事にしなさい。それは周りの人を大事にすることにもなる。』





バームクーヘン、この言葉と意味を知った時、チョット感動・・・。

長年続けてきたヨガを日本に伝えた弘法大師が、

常日頃から考えてきた事を、もっともっと昔に訓え説いていたのです。





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断捨離で、しがらみや情で絡んだ人間関係をすっきりさせれば、

本来の自分を取り戻せるかもしれません。



断捨離で、仕事を効率よくこなせれば、

自分に余裕が生まれし人をも育てることができるかもしれません。



断捨離で、不要で無用なものを処分すれば、

過去からも脱却できて身も心も軽くなるかもしれません。





本来の自分を取り戻し、身も心も軽快になれば、今以上にhappy になる・・。



つまりそれは、唯我独尊・・・・・にも繋がることになるのかもしれません。  

2010年11月15日21:27:13

Posted by バームクーヘン 心模様

時を刻む 年を重ねる

時計は、右回りをします。

生まれた瞬間から、私達は右回りの「時」を着実に刻み

そして、ひとつひとつ年を重ねています。



年は「取る」ものではなく「重ねる」ものだというのがバームクーヘンの考えです。



重なった経験や出来事や心情や感情や出会いや別れや傷や悲しみや喜びや感動は

決して無駄ではない、と思うからです。

そこから得るものは、歳月つまり時の長さがあればあるほど多くなります。



私の兄は、若くして病気で亡くなりました。

彼は、それ以上の年を重ねることができません。

いつまでたっても、若いままの兄でしかありません。

それが、「生」ではなく「死」なのだと思います。



けれど、今、ここに「生」きている私は、確実に「時」を刻んでいます。

確実に「年」を重ねています。



それは体力や記憶力や能力が落ちていくことを実感し

しみやシワや痛みや苦しみを抱えてしまうこともでもありますが

同時に、度量や許容量や器が大きくなり、

善悪の判断や人への痛みを理解する力を得ることだと思います。





若い方がいいか?年老いた方がいいか?

どちらでしょうか?

そりゃ、若い方がいいに決まっている??確かに・・・。

けれど、時計は決して左回りはしない・・・のです。

いえ、だからこそ求めるのかもしれませんね。



バームクーヘンも人並みに、しみやシワは気になります。全く気になりません!とは言いません。

けれど、それ以上に「自分の度量や許容量や器」のちっぽけさが気になります。



例えば、

嫌いな相手と向い合う時、

苦手な相手と仕事をせねばならない時

どうしても波長が合わない人と話す時

そういう時に、自分の立ち位置、自分の所在、自分の対処・・・・をどうすれば???



嫌いなものは嫌い

苦手なものは苦手

波長が合わないものは合わない

と拒絶することは簡単だけど、そうもいかない時、どうしますか?





バームクーヘンは、良い意味でも悪い意味でも、正直者ですぐに「顔」に出てしまうタイプです。

相手の悪い<気>や相手の嫌なオーラに負けそうになってしまう不安を抱えてしまいます。

そういう相手と向き合う時、自分の<気>や<ペース>を乱されまいと

身構え、緊張し、防御姿勢を取ってしまいます。



けれど、こういう自分の【姿勢】は、相手にも伝わるのだそうです。



そんなバームクーヘンの【姿勢】を解決する糸口となるような言葉をヨガの師匠から頂きました。



「年を重ねることで見えてくるものがある。」

「年を重ねることで、捉え方が変わってくる。」



この「年を重ねる」というのが、キーワードです。



つまり、前述したように「度量や許容量や器」が、

相手と対する時に感じる【違和感】を緩和し、相手の感情や気を拒絶しなくなる・・

というのです・・・。



本当かなぁ・・・・

と、疑心暗鬼になってはいけないいけない・・・・。



バームクーヘンは、既に立派な大人の女性で、それなりに年も重ねていますが

でも、まだまだ年の重ね方が足らないようです・・・。



もちろん、学生時代の頃に比べれば頭デッカチな部分もなくなり

色々なことも許せるようになり、人の痛みも多少なりとも理解できるようになりました。



けれど自分のペースを乱されることや、自分の心の中にズカズカと入ってこられることに

慣れていないし、どうすれば平静を保てるかもわかりません。



けれど、ヨガの師匠の言われる

見えなかったものが見えてきたり(決して、霊視ではなく)

捉えどころがなかった人のことが、わかってくるのは

自分の中にある「度量や許容量や器」の大きさによって左右される

ということだけは、何となくぼんやりとわかったような気がします。



それらが、大きければ大きい程、乱されることもなく平静を維持できる・・・はずだと。







年を重ねることに、恐怖はありません。

なぜなら、それは万人に平等に与えられたものだし、生きている証拠だから。



年を重ねることで抱える悩みや苦しみに、それほど憂いを感じません。

なぜなら、それは自分の努力で軽減できるはずだから。



年を重ねることで大きくなる度量や許容量や器が持てることに、喜びを感じます。

強く生きていけそうな、気力がわきます。





さて、バームクーヘンに与えられた寿命は、あとどのくらいなのでしょうか?



それは、天地創造の神のみぞ知ること。



その時が来るまでは・・・時を刻み、年を重ねていくことにいたします。



そして、どれだけ度量や許容量や器を大きくできるか、それが課題であり楽しみでもあります。  

2010年11月06日23:15:31

Posted by バームクーヘン 心模様